2017年9月23日土曜日

同居と台所の大大事

台所事情は家庭によって全然違うと知った

同居したての頃・・・
台所に立つ人=姑という暗黙の家ルールがあり、私が何か作ろうとすると舅が止めに入るというよくわからない妨害がありました。

私の実家は、母子家庭だったので祖母が食事の準備を長らくしてくれていました。

私が大学生になる頃に、祖母は「料理をつくらん」宣言をして、早く帰った家族の誰か(母、私、弟)が夕飯を作ってました。
朝ご飯も各自でした。

母子家庭以前に、家に祖母・母・私と女が3人いる事が臨機応変なスタイルを生み出していたのでは、と思います。

弟も作ってくれてましたし、たまに叔母が来て夕飯を作ってくれたり、誰が台所に立っても不思議じゃない家庭でした。

夫の家は母・父・息子という、女は義母しかいなかったので台所に立つ人が限られてたとようです。

加えて義母は「女としての責任で台所に立つ」というよりもどちらかと言うと、所有欲の強い人で、自分以外の者に触ってほしくない感じがしました。

はじめは「これが専業主婦の家庭か!」と思いました。

現代的な実家に対して、昭和的な義実家に戸惑う

朝ご飯を姑が必ず準備する事に驚き、「げげげ」と思ったのは言うまでもありません。
「好きなもん食べれば良いじゃん…」と思いつつ同居後一年弱は合わせてました。

食パンサンドウィッチとバナナと紅茶が毎日必ずです。

姑の挟むサンドウィッチの具がたまに苦手なものもあったりで、涙目を抑えて飲み込んだ事もありました。玉ねぎすりおろし×とろけるチーズが特に不味かった。

また、食欲があまりない時に食べたくないな〜と思っても残す事ができず、涙目で飲み込んだ事もありました。
どうしても、と残したときは、舅の「なんで」攻撃がひどかったです。

米食べたいと思う時もありました。

今までの自由な朝食が一気に自由を奪われ囚人になったような気分でした。

作ってもらって贅沢な話なんですが…。

昼ご飯も用意してあり、夕飯もこんな調子で、もちろん義母担当でした。

作ってもらって贅沢な話なんですが…。

姑の料理は、禅料理のようです。

スープ系は具沢山すぎて、いつも煮物のようです。
汁がないんですよ…
汁茶碗いっぱいの野菜のごった煮です。

味付けはいつも「塩だけよ♪」が口癖で、酒やみりんが家にありませんでした。

化学調味料を使わない事は良い事だと思います。
しかし、修行している僧侶の気持ちになったのです。

肉はほとんどなく、これだけか…と心の中でつぶやいてました。

作ってもらって贅沢な話なんですが…。

良かったと思った事は、
いつも野菜たっぷりで実家にいた時よりも、野菜摂取するようになったこと、この時に義実家の味を知った事が今では良かったと思います。

事件は突然に

同居してしばらく台所に立たせてもらえなかったのですが、とある事件で作らせてもらえるようになりました。

姑のみ料理人の歪みはいつかは来るんです。

舅は時間きっちりに朝昼夕と食べる人で、たまたま姑が作る時間が遅れちゃったんです。
そしたら舅が激怒、姑も激怒。

舅は、時間通りに食べられなかっただけで、イライラするのです。
それまでも一ヶ月のうち何回か同様の理由でイライラしている事あったのですが、姑が何を言われても平静を装っていたのです。

それが姑も溜まりに溜まって爆発して
「勝手にやってくれ、そして若夫婦も勝手にやってくれ」という事に。

「やった!ようやく好きなものを食べられる!」と心の中では思いました。

それは顔に出さず神妙な顔で「はい」とだけ言いました(笑)

現在

しばらく、料理ボイコット宣言した姑はどうしたかと言うと・・・

相変わらずみんなの分作ってます。

おいおい!
なぜだ…好きなものを食べたい…と思いつつ、
「料理が出来るのは元気である証拠」と思いあきらめてます。

夫には「私の料理の腕は当分磨かれないので、よろしく」と言ってあります。

だけど、朝ご飯の自由と私の夕飯時間がズレました。

朝ご飯に、フルーツグラノーラでも良いのです。
朝ご飯に、ヨーグルトでも良いのです。

バナナは絶対のルールは破れませんが、まぁ栄養だし仕方ないか。
(↑食べないとバナナ奉行の舅が出てくる。「食べてないね」と。)

それまでは、義両親と私で19時きっかりに夕飯だったのが、あの事件以来は夫が帰ってから食べるという感じになりました。

まぁそれだけも気が楽です。
必ず19時にいなきゃいけないのも不自由を感じていたので…。

何度も言うけど、作ってもらって贅沢な話ですが…。

台所は別々がいいなぁとやっぱり思います。
一緒に食べる機会が減ってしまい、同居の意味がなくなってしまうかもしれないけど。
悩ましい所です。

我慢と妥協の連続はつづく同居嫁でした。